腐草為蛍|くされたるくさほたるとなる|2023年|火垂る|入梅

歳時記

腐草為蛍 くされたるくさほたるとなる




里山の水辺などには淡い光を放ちながら、蛍が乱舞する季節となりました。七十二候は11日より芒種の次候「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」と移ってきます。
また、暦の上では雑節のひとつ「入梅(にゅうばい)」となり、全国的に梅雨入りのシーズンを迎えます。



腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)



腐草為蛍 くされたるくさほたるとなる




昔の人には、暑さに蒸れて腐った草が、蛍になると信じられていたそうです。
実際にそんなことはあり得ませんが、暑さに蒸れて腐りかけた草の中から、まるでその草が変わったかの如く蛍(ほたる)が舞い出て、暗闇に幻想的な光を放ち始める頃がやってきました。
静かな暗闇に蛍がゆらゆらと美しく舞い、その儚く淡い光を放つ光景は、まさしく日本の初夏を彩る風物詩となっています。
その蛍が放つ淡い光は「蛍火」とも呼ばれ、夏の季語ともなっています。





日本には30~40種の蛍がいるそうですが、有名どころとしては「ゲンジボタル」「ヘイケボタル」でしょう。



蛍 ホタル ほたる 火垂




また南国沖縄にもたくさんの種類の蛍がいますが、オキナワスジボタルクロイワボタルや、島の名前が冠されたクメジマボタルなどが光を放ち始めます。



蛍の名前の由来は諸説ありますが、「火垂」や「火照」が語源だとする説が有力のようです。



蛍提灯・ホタルブクロ



坂本冬美さんの歌で「蛍の提灯」という歌がありますが、実際に墓参りや子供の遊びなどで存在したものです。
一口に「蛍の提灯」といっても、一般的な提灯のようなものもあれば、花や実(実際には総苞)などを用いたものまで様々です。



現在でも山梨ではお盆のころには「蛍提灯」が売られているそうです。
提灯と言っても提灯の中は蝋燭ではなく、蛍を入れてその明かりを頼りに墓参りをします。
お盆にお迎えする祖先の霊は蛍に化けていると言われ、お盆の終わりにお墓参りが終わった後、お送りする祖先の霊を空に放ちあの世にお帰りいただくということです。
どこか日本的なみやびと共に哀愁を感じてしまうのは私だけでしょうか。



盆提灯




さらに皆さんはホタルブクロという植物をご存じでしょうか。



ホタルブクロ 蛍袋 火垂袋




ホタルブクロはキキョウ科の多年草で、この花の中に蛍を入れて遊んだことからその名がついたということも名前の由来の一つとなっています。
(火・灯を入れて運ぶ提灯の原型の火垂ににていることからきているという説もあります)
実際に夜、数匹の蛍を入れてこの花を見たら、さぞ幻想的な光景が目の前に広がることでしょう。



さて沖縄でも、蛍は昔から子供たちの恰好の遊び相手でした。



蛍と子供




沖縄では蛍のことをジーナーとかジンジンというところが多いのですが、サツマイモを練り窪みをつけた平たい団子状にしたものに蛍を乗せてその放つ光を楽しんだり、宮古島や石垣島の方ではテリハボクの種子やハスノハギリの総苞を使って蛍の提灯を作って遊んでいたそうです。



本土では「ほ、ほ、蛍来い あちらの水は苦いぞ こちらの水は甘いぞ」と唄われる童歌が有名ですが、沖縄では以下のような童歌がありますので、ご紹介しておきます。



じんじん



じんじん じんじん
酒屋(さかや)ぬ水喰(みじくゎ)てぃ
落(う)てぃりよーじんじん
下(さ)がりよーじんじん



じんじん じんじん
壺屋(ちぶや)ぬ水飲(みじぬ)でぃ
落(う)てぃりよーじんじん
下(さ)がりよーじんじん



じんじん じんじん
久茂地(くむじ)ぬ水飲(みじぬ)でぃ
落(う)てぃりよーじんじん
下(さ)がりよーじんじん



標準語訳


ホタル ホタル
酒屋の水を飲んで
落ちてこいホタル
落ちてこいホタル



ホタル ホタル
壺屋の水を飲んで
落ちてこいホタル
落ちてこいホタル



ホタル ホタル
久茂地の水を飲んで
落ちてこいホタル
落ちてこいホタル



蛍の光・別れのワルツ



もう一つ歌の話題をご紹介します。
蛍と言えば「蛍の光」を思い出される方も多いのではないでしょうか。
この蛍の光、小学唱歌などに採用されているので日本の歌かと思ったら、実はスコットランド民謡の「オールド・ラング・サイン」という歌がその原曲でした。
その日本版「オールド・ラング・サイン」は最初に「告別行進曲」もしくは「ロングサイン」という題で、日本帝国海軍の兵学校や機関学校等の卒業式典曲として使われました。その後、士官や特に戦功のある下士官等が、艦艇や航空隊等から離任する時にも歌われたり、演奏されたりしたのが始まりだといわれています。
そのため、「仰げば尊し」と並んで卒業式の定番曲として広まっていきました。



蛍の光 別れのワルツ 卒業




さらに公共施設や商業施設などの閉館、閉店の際にもこのメロディーが流されているところが多いのですが、これは「別れのワルツ」といって「オールド・ラング・サイン」を3拍子のワルツに編曲したものです。
その編曲者は放映されていたNHK連続テレビ小説「エール」の主人公の古関裕而さんがその名をモジった「ユージン・コスマン」という名前で発売されたものです。
「別れのワルツ」は1940年にアメリカで放映された「哀愁」という映画でビビアン・リーとロバート・テーラーがキャンドルナイトクラブでダンスをした時にバックで流れていたのが3拍子のワルツ版「オールド・ラング・サイン」が初出です。
映画もそのメロディは日本でも印象深いものであったのでレコード会社が古関裕而さんに採譜、編曲を依頼したというのが顛末だそうです。



入梅(にゅうばい)



入梅(にゅうばい)



2023年は6月11日から「入梅」という雑節です。
雑節とは、二十四節気・五節句以外の季節の移り変わりの節目となる日のことで、二十四節気を補う意味合いを持っていて、一年間の季節の移り変わりをより的確につかむことができます。節分や彼岸、土用などもこの雑節の一つです。
いずれも生活や農作業に照らし合わせてつくられていて、古くから日本人の生活の中に溶け込んでいました。年中行事、民俗行事となっているものも多くなじみ深いものです。



入梅は読んで字のごとく「梅雨」に入ること(地域によっては梅雨の期間全体呼ぶこともあります)を言います。



農作物の初期の生育時期としてこの時期の雨はとても重要な要素なので、雑節として農家にとってはとても大切な時節なのです。



入梅




とは言え日本列島は南北に長いため実際の梅雨入りの時期は地域によってだいぶ差異があります。
例年ですと関東東海地方が梅雨入りする頃には、沖縄、奄美地方などはこの時期は逆に「もうすぐ梅雨明け」の季節となります。
沖縄地方での梅雨明けの風物詩となっている沖縄本島南部の糸満市で旧暦5月4日(2023年は6月21日)行われる「糸満ハーレー」の内、糸満市街を一望できる高台の山巓毛(サンティンモウ)から行事到来を告げる「ハーレー鐘(鉦)」は、旧暦4月27日(2023年は6月15日)未明に高らかに打ち鳴らされました。
沖縄では「ハーレー鐘(鉦)が鳴ると梅雨が明ける」という言い伝えもありますが、今年は「梅雨明けも」そろそろといった時期になりそうです。



蝦夷梅雨



北海道 蝦夷梅雨




私も当たり前のように「北海道には梅雨がない」とよく書きますが、これは、昔からいわれているもので、実際に気象庁が毎年発表している梅雨入り・梅雨明けも、北海道は対象外になっています。
その理由というのは、梅雨前線が北海道にもかかり、北海道も日差しがなくなり、曇りや雨の天気となることはありますが、本州の梅雨のように長続きするケースはあまり多くありません。
というのも、梅雨前線は北海道付近まで北上すると消えてしまうことが多いからです。
しかし、正式な定義というのはありませんが「蝦夷梅雨」という言葉があります。前述のような状況を「蝦夷梅雨」と呼ぶこともあります。



また5月の終わりから6月頃にかけての北海道は、すっきりしない天気になって、しとしと雨が降ることもあります。
これも「蝦夷梅雨」と呼ぶ方もおられます。
なぜそのような天候になるかというと、梅雨前線とは違い、冷たく湿った空気を伴ったオホーツク海高気圧が張り出し、冷たく湿った空気が北海道に流れ込むことが原因だそうです。



やはり日本列島は南北に長いのだなぁと実感させられます。



結詞



今回取り上げた蛍は、幼虫の時は肉食性であり、ゲンジボタルなどは主に清流にしかいないと言われるカワニナを成虫になるまでにかなりの数を食べるそうです。
成虫になった時には、以前お伝えした蚕のように口器が退化してしまっているため、何も食べず、夜露から水分のみを摂りながら、幼虫の時に蓄えた栄養素だけで生きて、子孫を残すことのみに専念します。
こちらも哀れなような儚い命を全うしています。
そんなことを思い浮かべてあの蛍火を眺めるとまた違った感情が湧き出してくるかもしれません。



梅子黄 うめのみきばむ




今年の夏も暑くなる可能性があります。本格的な暑さを迎える前に、夏に向けて暑さに負けない体作りを心がけておきたいものです。
次回はいよいよ全国的に梅雨の鬱陶しい陽気となるかもしれない芒種の末候「梅子黄(うめのみきばむ)」を取り上げたいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました